2016年10月9日日曜日

中学生ふたりが熊本の被災地で桃を配った!

 某民放のニュースを見ていたら、山梨の女子中学生二人が熊本の震災被災地で桃を無償で配っている光景が出てきました。何でも震災直後から被災地の人たちを支援する方策はないかを考えて、いろいろ資金を作りために苦労して、車で現地に運んで配ったのだという報道でした。もらった熊本の人たちは、桃の匂いで元気が出たと喜んでいました。

 良い話だなとは思いましたが、私には釈然としないものがありました。何個の桃を熊本まで運んだのかは報道されませんでしたが、車で山梨から運んだというからには、相当の数であっただろうし、中学の女の子だけでできる話ではありません。資金にしても相当な額になったはずですし、寄付だけでなく大人たちが様々な支援をしたに相違ありません。

 こういう活動によく関わっている山梨の知人にメールしてみると、案の定報道のニュアンスとは違っていました。震災の3日後にこの女子中学生たちから相談を受けた大人たちが、この女子中学生たちに大きな負担がかからないように知恵を絞り、桃の配布を考えついて目標金額を決め、様々なイベントを行って資金を作り、段取りをしたものでした。


 二人の女子中学生が報道されれば、支援話は報道されなくても大人たちは構わないとのことでした。でも女子中学生だけの報道は極めて不自然で、故に感動も乏しいのです。二人が相談したので大人たちがフルにサポートし、彼女たちを表舞台に立たせたと報道して、初めて感動的な話になるのです。報道は縁の下に光を当てるのも大切な仕事なのです。

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